2020年12月 チャンネルが切り替わった日

この日の釣行は随分無理をした。

釣りの準備のためには、カヤック本体の修理のほかに、フロアマットや空気入れの修理も必要だった。ラインを組むなど釣り道具の準備もある。次の釣行までにそれを全て行う時間は、確保し難い。その上、なんとか川に出られたとしても、川が凍っていて釣りにならないかもしれない。途中河川が凍っていれば、それ以上進めずに帰ることもできなくなるかもしれない。しかし、どうしても諦めきれない。

先週の釣行の翌日の日曜日。ホームセンターでボンドやダクトテープやらを買ってきて、インフレータブルカヤックの穴を補修した。大きな穴が開いていた。何かにぶつけてできた穴ではなく折り目が裂けたような穴だ。経年劣化であろう。寒い中物置に保管しているのが悪いのだと思う。

水曜日。仕事が早く終わったので、艇のフロアマットのピンホールを直し、その後艇を膨らませてみた。すると補修した穴の近くにもう一つ穴を見つけた。そこを指で押さえると、別のところからまだ、シューと言う音が・・・。結局3か所の新たな穴を見つけた。この時点でカヤックでの釣行は諦めなくてはならないと思った。

だが、翌木曜日、諦めきれずに早く仕事を切り上げて帰宅し補修作業に入った。

しかし金曜日に空気を入れるも、まだどこから空気漏れがしているようで、少しずつ空気が漏れる。これが小さな穴によるものなのか、バルブなのかはわからない。しかし、このくらいならいけるか? 判断は微妙なところだが、ひとまず土曜日に川で膨らませてみてから考えることにした。

土曜日の早朝、川に着いたのは4:30だった。

艇に空気を入れると、シューという嫌な音が聞こえる。

今度はフロアマットに穴が開いてしまっている。新たにあいたのだ。もう買い替える時期なのだろう。氷点下の気温では固まりはしないとは思いつつ、アクアシールで応急処置をした。

本体は30分しかもたない。湿原河川なので川岸はどこでも艇をあげれるような川ではない。十勝の清流で漕いでいるのとはわけが違うのだ。漕ぎ出すかやめるか、随分迷った。

出艇するか、随分迷った。

あの場所へたどり着けさえすれば、魚に出会える予感があった。しかし、反面ここでやめる勇気を持つことが大切だという気もした。何しろ今日は単独行だ。途中でカヤックが使えなくなっても助けはない。

しかし結局、川に艇を漕ぎ出した。釣れても釣れなくても、やるだけやったという気持ちがないと今年の釣りを締めくくれないと思ったからだ。

釣り場までは、何度か艇を岸に上げなくてはならなかった。倒木に行く手が阻まれているところもあったし、そうじゃなくても30分に一度は空気を足さないとならない。

何度も岸に上げて空気を足すのは煩わしかったが、早朝の川をカヤックで漕ぐのはやはり気持ちが良い。途中で小鳥が猛禽に追われて、カヤックの方へまっすぐに向かってきた。

小鳥はカワセミだった。カワセミの大部分は秋には温かいところへ渡っていくのだが、この川では12月でもよく見かける。追いかけて来たのはおそらくハイタカ。カワセミは私のカヤックすれすれを背後に飛びぬけ、ハイタカは私のカヤックの正面でUターンして逃げて行った。

そういえば、暗いうちにコミミズクにもあった。この川でコミミズクを見かけたのは初めてだ。

お目当ての場所に着いたのは11時を回っていた。いつもより1時間半から2時間は遅い到着だ。

すでに気温は随分と上がっていて、先週よりも釣りやすい状況だった。水は極めて少ないが、魚が出るという確信に近い予感があった。

結果はほどなく出た。障害物横の深みにシンキングミノーを通すと、イトウが食いついた。

それほど大きくはなさそうだったが、慎重に寄せてネットですくった。

59cm。小さいイトウだけれど、私がこの川で釣ったイトウの中ではこれでも最大だ。

2尾目のイトウはそれから1時間ほど後にヒットした。

一度通り過ぎた流れにもう一度ルアーを投げて引いてくると、ガツンと食ってきた。

食ってすぐに暴れた時に見えた魚体は、先ほどよりは大きかったが、大物と言うほどではなかった。

障害物のないポイントだったので、じっくりと弱らせてからとることにした。

これは、イトウ釣りの名人に教わり、そしてそうやってイトウをキャッチしている姿を何度も見ている。

暴れないくらいの負荷をかけ、イトウを泳がしながら体力を奪う。

思った以上に浮いてこない。もしや思ったよりもでかいのか?

時折、ドラグを出して走ることもある。ドラグは途中で少し緩くしてみる。

そのうちにイトウの抵抗は弱くなり、顔を上げて岸に寄ってきた。

ネットに入れた瞬間にフックが外れた。掛かりは浅かったのだ。やはり慎重にファイトして正解であった。

2007年の作戦会議(飲み会)でのじゃんけん大会の景品で釣った。

サイズは72cm。これも大物と言えるサイズではないが、10数年この川に通って、やっと手にしたイトウと言ってよいサイズの魚だ。

80オーバー、90オーバーが十分に出るコンディションであったので、それからもしばらく粘ったが、それ以上イトウがルアーに食いつくことはなかった。

午後3時前に釣り場を後にした。

この時間に出発しても、車に着くのは日没後だ。暗闇の中、しばらくカヤックを漕がねばならない。

30分に一度、艇を岸に上げつつ帰り道を急いだ。

途中で日が暮れると、岸際の動物たちの警戒心も鈍るのか、川岸にはいくつもの目が光った。エゾシカだ。たまには水面すれすれに光る眼もあった。これはミンク。

ヘトヘトになりながら、やっとゴール地点に着いた。

家に着き、ビールを開けたが350mlのビールを半分も飲めなかった。疲れすぎているのだ。

この釣りが、2020年の最後の釣行だった。

やっと、念願の川で念願の魚を釣ることができた。

だが、満足感とか達成感というものは、湧いてこなかった。

今回の釣りの前、1週間は毎日気持ちが川に飛んでいた。

でも、今回の釣りの後も、ずっと気持ちが川に飛んでいるのだ。

もう一度行きたい。次はきっともっと大きいのが釣れる。

何か、違うチャンネルへ切り替わった感じがする。

「通っていればいつか釣れる」というチャンネルから「次はきっと釣れる」というチャネルへ。